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歴史・文化

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大阪には、深い歴史ロマンが宿り、独特の大衆文化が息づいています。

歴史・文化の目次(このページ内に移動します)

大阪歴史年表

古代

4世紀後半~国際港『難波津(なにわづ)』を基点とした、国際交流の窓口・国内流通の拠点

645年(大化元年) 大和の飛鳥(現奈良県)から難波へ遷都

難波長柄豊碕宮(なにわながらとよさきのみや)の造営

写真:難波長柄豊碕宮(なにわながらとよさきのみや)の造営

中世~近代

10世紀~19世紀後半(平安時代~江戸時代)
豊臣秀吉によって進められた大坂城の築城と城下町整備
»創造的経済都市へ発展し、「天下の台所」と呼ばれる。

1583年(天正11年) 大城の普請開始

豊臣秀吉による巨城築城と城下町の建設

豊臣秀吉は、大城築城と共に、海外貿易を含めた商業の保護・育成や、水運を生かした都市経営に努めたため、大阪は、我が国の政治、流通、経済の中心地となりました。
江戸時代に入ってからは、政治都市・消費都市である江戸に対して、大阪は、我が国の生産・流通・金融を一手に担い、問屋組織・為替両替・先物取引制度を生み出す等、創造的な経済都市としての道を歩み、「天下の台所」と呼ばれるようになりました。
また江戸時代、大阪人は、自らが文化の創造者・保護者となって、豊かな文化の花を咲かせました。多数の町人学者や文人を輩出し、人形浄瑠璃(下図参照)・歌舞伎などの芸能も大いに栄えました。

  • 写真:国立文楽劇場
  • 写真:優艶な節回しにのせて動きをつける文楽人形
  • (写真左)
    写真提供:国立文楽劇場
    (写真右)
    優艶な節回しにのせて動きをつける文楽人形
近代

19世紀後半~20世紀前半(明治時代~第2次世界大戦)
明治維新に伴う東京遷都、経済制度の変革などを乗り越え、近代商工都市として発展

1897年(明治30年) 大阪港起工

「東洋のマンチェスター」の繁栄

第1次世界大戦後、今日の主要産業となっている繊維、塗料、薬品、造船などの産業を中心に、大阪経済はめざましい発展を遂げ、「東洋のマンチェスター」と称されました。また、アジア諸国等への輸出の急増で、大阪港は、神戸、横浜両港を凌ぐ活況を呈しました。

市民主導による文化、学術の発展

近代の大阪は、近世町人文化を継承した船場文化、ミナミや天王寺等を中心とした大衆的な芸能・演劇文化など、新たな市民文化を生み出しました。学術・人材教育の面でも、地元の公・民が力を合わせて、日本で最初の市立大学として大阪商科大学を設立し、大阪帝国大学の開学にも尽力しました。

写真:繊維会社の建築
繁栄を誇った繊維会社の建築は瀟洒そのもの

現代

第2次世界大戦後~現在
世界有数の経済力・人口集積を有する都市へ発展

第2次世界大戦により壊滅的な打撃を受けましたが、重化学工業や商業を中心として、大阪は再び急速な発展を遂げました。現在、大阪は、世界でも有数の経済力・人口集積を有する都市となっています。

写真:大阪港
100年以上の歴史を誇る、国際的貿易拠点・大阪港

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歴史をたどる

大阪の至るところで体感できる、都市繁栄の足跡。古代の歴史書には登場するものの、その正確な所在については長い間謎とされてきた難波宮、「太閤さん」と呼ばれ今なお市民に親しまれている秀吉の居城・大阪城ほか、大阪には多数の歴史的スポットが残されています。

古代大阪の象徴 難波宮史跡公園

7世紀中頃、現在の大阪城から四天王寺にかけての上町台地に難波宮がありました。1961(昭和36年)春には、宮殿の中心的建物である大極殿(だいごくでん)が発見され、この地に難波宮があったことが初めて実証されました。現在は難波宮史跡公園として古代大阪を体感できる場所となっています。

豊臣秀吉が築いた 大坂城

難攻不落といわれた巨城・大坂城は、天下統一の拠点として、また権威と権力の象徴として豊臣秀吉によって築かれました。再建された現在の天守閣は、1997年から約3年間に及ぶ「平成の大改修」を終え、歴史博物館となっている内部ともに一新され、さらに輝きを放っています。

大阪の歴史を凝縮 大阪歴史博物館

「都市おおさか」の歴史にスポットをあて、大阪の歴史や文化を紹介する大阪歴史博物館館内には、原寸大の模型やグラフィック、実物資料などが豊富に展示され、大阪の歴史や文化をわかりやすく肌で感じ取ることができます。

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文化に出会う

明治維新以前、京都に皇居があったことから、京都、大阪及びその周辺は、一般に「上方(かみがた)」と呼ばれています。 「上方」を発祥とする“落語”や“漫才”など地域性の高い大衆的な芸能のことを「上方芸能」と呼び、現在でも、庶民の身近な娯楽として親しまれています。

伝統芸能の息吹 国立文楽劇場

人形浄瑠璃は300年以上の歴史とともに、大阪の街と人情に育まれつづけています。
三味線に人形芝居。世界的にも珍しい総合的舞台芸術です。
国立文楽劇場では、文楽をはじめ様々な伝統芸能を楽しむことができます。

お笑い文化を体験 上方演芸資料館(ワッハ上方)

落語・漫才・喜劇。
今も昔も、「お笑い」は大阪庶民の生活にもっとも密着した娯楽です。そうした演芸の歴史や「笑い」で時代を風靡した人気者たちを、上方演芸資料館では、身近に体感することができます。

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大阪周辺の世界遺産

地図:京都・奈良・法隆寺・姫路城・紀伊山地

  京都 奈良 法隆寺 姫路城 紀伊山地
(熊野・吉野・高野山)
大阪からの距離 41km 26km 21km 74km 64km
大阪からの時間 30分 45分 35分 55分 120分

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大阪の食文化

大阪は「食い倒れの街」ともいわれ、食の豊かな街として有名です。
世界中の多くの料理がそろい、中心部の繁華街には、味も値段も評判の店がずらりと軒を並べています。

写真:道頓堀
多くの飲食店が集中し、にぎわいと活気あふれる道頓堀エリア

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